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神戸地方裁判所 平成8年(ワ)2437号 判決 1999年8月04日

原告

西山壽一

被告

岡部善応

主文

一  被告は、原告に対し、金五四五万四二四六円及びこれに対する平成五年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その七を原告の、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は原告に対し、金四五三八万〇〇五〇円及びこれに対する平成五年一二月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  原告は、後記の交通事故(以下「本件事故」という。)により負傷して損害を被ったとして、被告に対して民法七〇九条に基づき損害賠償を求める。

二  本件事故の発生(争いがない。)

1  発生日時 平成五年一二月二六日午前〇時一〇分ころ

2  発生場所

神戸市北区有野町唐櫃三六五三番地の四先路上

3  争いのない範囲の事故態様

原告は、普通乗用自動車(神戸五四ろ三八五五。以下「原告車両」という。)を運転し、右発生場所付近の片側一車線の道路を西から東へ進行していた。

他方、被告は、普通貨物自動車(神戸四〇ゆ・八九六。以下「被告車両」という。)を運転して東から西へ進行中、追い越し禁止区域内において前方走行車両を追い越そうとしてセンターラインを越え対向車線に進入して走行したため、原告車両と正面衝突した。

4  責任原因

被告は、前方を確認しないまま、対向車線を走行した過失があるから、民法七〇九条により、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

5  原告の傷害及び治療状況等

(一) 医療法人社団清和会笹生病院(以下「笹生病院」という。)で、頸椎捻挫、腰椎捻挫と診断されて、平成五年一二月二七日から平成六年七月三一日まで通院(通院期間二一七日間、実治療日数五四日)。

(二) くずはら整形外科で、頸椎椎間板ヘルニアと診断されて、平成六年八月五日から平成七年四月二二日まで通院(通院期間二六一日間、実治療日数八一日)。

平成七年四月二二日、症状固定と診断された。

(三) 平成七年五月一五日、自動車保険料率算定会神戸調査事務所は、くずはら整形外科医師作成にかかる同年四月二六日付後遺障害診断書に基づく後遺障害の事前認定申請に対して、非該当と判定した。

三  争点

本件における主たる争点は、原告の損害及びその前提としての後遺障害の存否・程度である。

四  原告の主張

本件事故により原告に生じた損害は以下のとおりである。

1  治療費 八〇万〇三四八円

(一) 笹生病院 四二万三七九〇円

(二) くずはら整形外科 三七万六五五八円

2  慰謝料 八五〇万円

(一) 通院慰謝料 二〇〇万円

(二) 後遺障害慰謝料 六五〇万円

原告には、次の症状が残存しており、右後遺障害は自賠責後遺障害等級併合九級に相当する。

(1) 左手全体にしびれ、硬直感が残っており、左手で物を持ち上げたり握ったりすることがほとんどできない。

(2) 金属音のする耳鳴りが残っている。

3  休業損害

原告は、事故当時、「双葉建装」の名称で建築美装業を経営し、年間所得は一〇〇〇万円を超えていた。

原告の平成六年度の所得は七五万二九五三円に減少したので、同年度の休業損害は少なくとも九二四万七〇四七円であった。すると一か月平均七七万円の割合であり、原告の休業期間は約一六か月であったから、総休業損害は一二三二万円を下らない。

(10,000,000-752,953)÷12×16≒12,329,396

4  後遺障害による逸失利益 二〇五六万〇〇五〇円

事故前、原告の年収は平均一〇〇〇万円であった。前記後遺障害により労働能力の三五パーセントを失った。

10,000,000×0.35×5.8743=20,560,050

5  損害の填補

前記治療費八〇万〇三四八円は、保険会社から支払われた。

6  弁護士費用 四〇〇万円

五  被告の主張

1  原告の傷病名のうち、頸椎捻挫、腰椎捻挫が本件事故に因るものであることは認めるが、頸椎椎間板ヘルニアは争う。原告の頸椎の異常は経年変化によるものであり、本件事故によるものではない。

2  原告の後遺障害が併合九級に該当することは否認する。原告は自動車保険料率算定会の事前認定により、非該当と判定された。

3  原告の休業損害は争う。原告は事故当時、一〇〇〇万円もの収入を得ていない。また、原告の減収は、経済不況によるものであり、本件事故による傷害とは因果関係がない。

4  損害の填補については、治療費として、一〇八万三四二七円を支払っている。

第三当裁判所の判断

一  本件事故の態様

まず、原告の身体に加えられた衝撃の程度を判断する資料として、本件事故の態様を検討する。

証拠(甲一、一四、検甲一ないし七、原告本人)及び弁論の全趣旨によると、前記争いのない事実のほかに、次の事実を認めることができる。

1  本件事故現場は、山間部の片側一車線、片側幅員二・八メートル程の県道宝塚唐櫃線の東行き車線上である。この道路は、カーブが多く上り下りの勾配も多い。本件事故現場の約六〇メートル東には、全長約二〇メートルのトンネルがあり、東から西に向かって進むと、トンネルまでは右にうねった下り坂であり、トンネルを抜けた地点から、道路が左に大きくカーブしており、見通しは悪い。また、本件事故現場付近は、照明がなく、追い越し禁止区域に指定されている。

なお、事故当時は晴天であったが、先の降雪により路面は濡れていた。

2  被告車両は、照明を下向きに点灯した状態で、有馬温泉方面から西行き車線を走行し、前記トンネルを抜ける辺りで、前方を走行する自動車を追い越すため、対向車線へ進路を変更し、時速約六〇キロメートルで進行した後、やや減速して走行中、前方約二二メートルの地点に、原告車両を発見し、ブレーキをかけた。他方、原告車両は、唐櫃台方面から東行き車線を、時速約四〇キロメートルで進行中、自車の進路前方に被告車両を認め、ブレーキをかけたが及ばず、被告車両と衝突して停止した。

3  衝突の直前、原告はハンドルを握っていた両腕をまっすぐに伸ばして突っ張り、右足でブレーキを踏んで、左足を突っ張った。衝突の瞬間、原告は、首がガクッというほどの激しい衝撃を受けた。

4  原告は事故直後、首、腰に重だるいような感じがあったものの、痛みはなかったため、そのまま自宅に帰ったが、翌日の朝になって、身体に異常を感じて、笹生病院で診察を受けた。

5  原告車両には、前バンパー、ボンネットが凹損する損傷が生じた。車両の修理費は五〇万円ほど要した。

二  原告の受傷及び後遺障害

1  証拠(甲一三、一八ないし二一、乙二ないし三二、原告本人、鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、事故発生日の翌日である平成五年一二月二七日、笹生病院を受診し、頸椎捻挫、腰椎捻挫と診断された。自覚症状としては、頸部痛、腰痛、左手全体のしびれ、握力低下、左耳の耳鳴りがあった。

原告は笹生病院に月に八日ないし一〇日ほどの割合で通院して頸部牽引等の治療を受けていたが、症状が改善しないことから、平成六年八月五日から、くずはら整形外科に転院した。同医院における診断傷病名は、頸椎椎間板ヘルニアで、月に一〇日前後通院して、笹生病院とほぼ同様の治療を受けた。

(二) 平成七年四月二二日、同医院の医師によって、原告の障害は頸部痛、左手のしびれ、耳鳴り、握力低下(右三四キログラム、左一七キログラム)、集中力低下の自覚症状を残しているが、症状改善の見込みはないとして、右同日をもって症状が固定した旨診断された。

同日までの間、原告は笹生病院及びくずはら整形外科に、通じて四七八日間、実日数一三五日通院した。

(三) 右くずはら整形外科医師の診断書に基づく後遺障害の事前認定申立に対して、自動車保険料率算定会は、同年六月一五日、自賠法別表所定の後遺障害に該当しないものと判定した。

(四) 原告は、平成九年七月一四日から同年九月二九日まで、関西労災病院で検査を受け、同月三〇日付けで、同病院医師は、次のとおり診断した。X線検査、MRI検査、針筋電図検査を行った結果によると、左肘可動域制限と、左肘X線異常を認め、頸椎X線検査では異常なく、MRI検査にても明らかな椎間板ヘルニアの像を認めなかった。握力低下(右三三・三キログラム、左一八・六キログラム)、筋力の軽度低下があり、左尺骨神経領域の知覚鈍麻の症状がある。左尺骨神経麻痺、左肘異所性骨化、頸部損傷と判断される。

(五) 原告は、事故当時満五九歳であった。本件事故後に原告に見られた症状は、事故発生前には見られなかったものである。

原告の頸椎には、加齢による変性変化が軽度認められるが、ほぼ正常である。また、左肘異所性骨化は、経年的変化によるものである。

原告には現在も左上肢痛の自覚症状がある。

2  以上に認定した事実によれば、原告が本件事故により、頸椎及び腰椎に衝撃を受け、頸部痛、腰痛、左手全体のしびれ、握力低下、左耳の耳鳴りの症状を生じたこと、平成七年四月二二日には症状固定の診断を受けたこと、現に右症状は相当期間継続したこと、原告には、本件事故の後遺障害として、左尺骨神経領域の知覚異常、筋力低下及び握力低下が認められるが、右症状には左肘の経年変化の影響が否定できないものと認められる。

三  損害

1  治療費

証拠(乙二ないし三一)により、原告は、笹生病院及びくずはら整形外科での治療費八〇万〇三四八円を要したことが認められる。

2  休業損害

証拠(甲二ないし一一、二二ないし二六、証人西山隆、原告本人、鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によると、原告の休業損害に関し、次のとおり認定判断することができる。

(一) 原告は、本件事故当時、「双葉建装」の名で、建築美装業を営んでいた。業務内容は大手建設会社の下請けとして、建設会社が新築したマンション等について、工事完了後引渡しまでの間に、建物内の清掃、ワックスがけなどを行うことであった。

(二) 双葉建装においては、従業員七名が勤務していたほか、繁忙期にはアルバイトを雇っていた。また、原告の長男と二男隆が業務に携わり、給与を得ていた。

原告は、一度に数か所の仕事を請け負って、各所に従業員を配置して作業に当たらせ、各現場を巡回して、作業の指揮監督にあたっていたほか、自らも現場で作業することもあり、新規の仕事の注文をとる等の営業活動は、もっぱら原告が行っていた。

(三) 原告の平成五年度の所得申告における所得金額は三〇六万四八二九円であり、その源である営業収入は六五三一万円(一万円未満は省略。以下同様)であった(甲四)。

本件事故は同年一二月二六日のことであって、同年度の収支に殆ど影響していないものと解されるから、右所得金額をもって、原告の休業損害を考える場合の基準とするのが相当である。

この点について原告は、右申告においては、給与支給総額を脱税のために多く記載してある旨主張するが、その主張を裏付けるべき的確な証拠はない。原告の二男隆が作成したという甲六、二四、二五は右申告書の記載以上に信用できるものとは言えない。ことに前年度の申告の際に所得額を二九六万円として申告を行った(甲二)ことから、税務調査を受けて所得額を九一一万円と修正申告した(甲三、証人西山隆)という、その直後の年度のことであって、申告を依頼されている税理士が、資料もなしに、原告の所得を少なく見せるために、ことさら経費を多くして申告をしたとは考えられない。

(四) 原告は、本件事故による傷害のため、平成七年四月二二日までの通院期間中、美装業の現場の作業や営業活動に携わることが制限された。

この点について原告は、殆ど作業ができなかったと述べるが、原告の行う業務は主として、作業員に対する指示や監督を行うことであったと認められ、原告の受傷の程度からすると、自ら作業を行うことができなかったものの、現場の巡回や指揮監督はある程度制約されたに止まるものと認められる。

なお、証人西山隆は、原告が営業活動をできなくなったため、原告に代わって、隆が営業活動を行うようになったが、今までは受注しなかった利益率の低い仕事も請け負わざるをえず、その結果、売上げの減少、費用の増加を招いたと供述する。

たしかに、発注担当者との個人的なつながりも強い個人事業において、事業主が負傷して頻繁に発注者の事業所を訪れることができなくなったとすると、受注成績に多少の影響はあったものと思われるが、原告は通院のため稼働日数が減ったに止まり、営業活動そのものが不可能になった訳ではないし(自動車の運転が不自由になったとはいえ、各現場や発注先を巡回するには、二男やその他の者に運転させれば足りることである。)、そもそも平成四年度の申告にかかる事業収入九三九四万円に比して、既に事故前の平成五年度のそれは六五三一万円と大幅に減少していることからしても、建設不況の影響により仕事が減少していたものと考えられるのであって(平成六年の事業収入は五五九三万円である。)、収入の減少がすべて原告の負傷によるものと見ることはできない。

(五) 以上によると、原告の稼働収入は一日当たり八五〇〇円とし(3,064,829÷(365-5)≒8,500)、症状固定までの間、通院日数合計一三五日については全額、その余の三四三日については二〇パーセント程度の減収があったものと認めるのが相当である。

そうすると休業損害は、一七三万〇六〇〇円となる。

8,500×(135+343×0.2)=1,730,600

(六) なお、原告はたばこ販売業をも営んでおり、その収入は本件事故の影響を受けていないと思われるが、前記の平成五年度の所得申告においては、その収入が計上されていないと解される(証人西山隆)ので、前記所得から控除する要はない。

3  後遺障害による逸失利益

原告には、前記認定の後遺障害が認められるところ、原告は現在も左手で茶碗も持つことができず、事故後現在に至るまで全く仕事をすることができない旨主張し、原告本人尋問においても右に副う供述をする。しかし、原告本人尋問の結果によれば、原告は、自ら自動車の運転をなし得る状態にあることが窺えるのであり、前記認定の原告の後遺障害の内容及び原告が従事する仕事の内容に照らしても、右供述は措信できない。そして、前記認定の後遺障害の内容、右障害には経年性変化の与える影響が否定できないこと、原告の従事する仕事の内容、原告の後遺障害の回復可能性及び労働能力に及ぼす影響及びその程度に関する鑑定結果に照らすと、原告は、右後遺障害のために、美装業に関して、三年間にわたって労働能力の五パーセントを減じたものとみるのが相当である。

なお、自動車保険料率算定会が、原告の後遺障害を、自賠法等級表に該当しないと認定したことについては争いがないが、右事前認定に際しては、原告の左上肢の異常が十分考慮されなかったことが窺われるから、右事実は、原告の労働能力喪失の認定を左右するものではない。

また、原告は、自賠法等級表併合九級に該当する後遺障害が生じており労働能力の三五パーセントを喪失した旨主張するが、原告に前記認定をこえる程度の後遺障害が生じていることを認めるに足りる証拠はない。

したがって、後遺障害による逸失利益は、前記認定の原告の所得に基づき、次のとおり、金四二万三六四六円と認められる(三年のホフマン係数は二・七三一〇)。

8,500×365×0.05×2.7310=423,646

4  通院慰謝料

前記認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、通院状況、期間、その間の治療の経緯からして、金二〇〇万円が相当である。

5  後遺症慰謝料

原告には前記認定の後遺障害が残り、これに対する慰謝料としては、金八〇万円が相当である。

6  損害の填補

原告の損害が八〇万〇三四八円の限度で填補されたことは、当事者間に争いがない。なお、被告は、原告の治療費は一〇八万三四二七円であり、右金額について損害の填補がなされた旨主張するが、被告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

7  小計

1ないし6の合計は、金四九五万四二四六円である。

四  弁護士費用

原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告が負担すべき弁護士費用を金五〇万円とするのが相当である。

五  まとめ

結局、原告の請求は五四五万四二四六円の限度で理由があることになる。

第四結論

よって、原告の請求は、主文第一項の限度で理由があるから、この範囲で認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下司正明)

(別紙) 損害計算表 8―2437

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